大判例

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東京高等裁判所 昭和49年(う)1269号 判決

国籍

韓国

住居

東京都港区南青山五丁目一二番二二号

会社役員

小林健次こと

林木祥

大正七年六月二四日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和四九年三月二八日東京地方裁判所が言い渡した有罪判決に対し、被告人から適法な控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官粟田昭雄出席の上審理をし、つぎのとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人小林勝男作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官設楽英夫作成名義の答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これを引用し、これに対して、当裁判所は、記録を調査し、当審における事実取調の結果に基づいて、つぎのとおり判断する。

一、控訴趣意第一点の二ないし四(理由不備の主張)について

所論に基づいて検討するに、被告人に対する昭和四三年分および同四四年分の所得税算定における経費認定の方法は、原判決が弁護人の主張に対する判断第二の一で説示するとおりである。なるほど、右の方法によると、本部経費のうち売上金から支出された社長渡しおよび当座預金支払経費のうち証憑書類がないなどのため使途不明の出金につき経費として一括して損金処理がなされたものについては、その内容が明らかでないことは所論の指摘するとおりであるが、原判決の挙示する証拠、ことに証拠書類によると、本部支払経費は昭和四三年分三、五三九万四、八八六円、同四四年分が一、二三四万一、八八〇円、当座預金支払経費は、同四三年分が四八〇万九、〇二五円、同四四年分が一九五万三、六四八円であることが認められ、これらと他の経費を総収入金から控除して課税標準を算出し、もって、原判示対象二暦年の逋脱税額を算定したのであるから、原判決に理由不備の違法は存しない。論旨は理由がない。

二、控訴趣意第一点の一、四および五(事実誤認の主張)について

1  トッパライ費用 原審証人西川一夫は、本件対象二暦年にわたり、トッパライ費用として各年二、四〇〇万円位を支出していた旨供述するが、右供述中原判決が経費として認容した各年一、二〇〇万円を超える各年一、二〇〇万円についての供述部分は、具体性を欠き、かつ、原審証人早川博治の供述および大蔵事務官作成の勘定科目内訳明細書(損益)の記載に照して信用できない。所論のトッパライ費用各年一、二〇〇万円を経費として認めなかった原判決に誤りはない。

2  ゴーゴーガールの出演費用 松井恵子および井上揖子との出演契約書四通(東京高裁昭和四九年押第三七五号の9)、出入金伝票綴一綴(同号の39)によると、被告人ロイヤルズの責任者松井恵子と昭和四三三年五月一六日から同年八月末日まで、井上揖子と同年一二月三日から同四四年三月二日までの各出演契約をし、出演費用として松井恵子に対し昭和四三年六月三〇日四万五、七七〇円、同年七月三一日五万二、五六〇円、同年八月一五日五万三、六三〇円、井上揖子に対し同年一二月三〇日一万七、三三〇円、同四四四年一月一五日二万円、同月三一日二万円を支払ったことおよび右出演費用はいずれも経費として処理されている事実を認めることができる。所論は、他に四三年分として松井恵子に対し三一万円、井上揖子に対し四万円、同四四年度分として右井上に対し八万円を、出演費用として支払ったというのであるが、原審証人西川一夫の供述によっても、これを認めることはできない。

従って、原判決が所論の出演費用を経費と認めなかったことは正当である。

3  公租公課 原判決挙示の各証拠によると、被告人は在日朝鮮人台東商工組合に対し昭和四三年四月二四日から同年一〇月三〇日までの間六回にわたり合計一二〇万円、同四四年三月一五日三〇万円、同年四月三〇日から同年一二月三一日まで九回にわたり九〇万円を支払ったことが認められる。しかし、押収にかかる銀行勘定元帳(前同押号の24)および今村朝男作成の公租公課の納付状況等について(回答)と題する書面によると、右昭和四四年三月一五日の三〇万円は被告人の所得税支払いに充てられたものであることが認められるし、その余の支払金額は、いずれも越冬資金という名目で支払われ、朝鮮人学校の建設、朝鮮人貧民者の救済、北朝鮮帰国者の土産代等に使用されたことは、原審証人西川一夫、早川博治の各供述によって認めることができる。そうすると、被告人が前記商工組合に支払った所論指摘の金員は、被告人の事業遂行上必要な経費と認めることはできないから、原判決に所論のような違法はない。

4  交際費 被告人が安井謙の後援会である正峰会の会費として支払った本件対象二暦年の各一二万円および事業主交際費という昭和四三年分の七五万円、同四四年分の九〇万円が、いずれも被告人の事業経費として認め得ない事は、原判決に説示するとおりであって、当裁判所もこれを是認することができる。

5  従業員給料 押収にかかる賞与明細書等一綴(前同号の16)は、被告人が昭和四四年冬期賞与として林東基(小林伸彦)に対し五万円を支払った旨の記載があり、原審証人林東基の証言および同人の大蔵事務官に対する質問てん末書によると、同人は昭和四四年五月ころ以降一か月一〇万円の割合による給与を被告人から直接支払いを受けていたというのであるが、右各証拠を仔細に検討し、かつ、同人と被告人との身分関係、他の従業員のように部分的にせよ右支給を裏付けるメモすら存しないことなどを勘案すると、被告人が昭和四四年五月ころから林東基に対し一か月一〇万円の割合による給与の支払いをしていたものと認めることはできないから、所論を排斥した原判決は、結局相当である。

以上のとおり原判決には事実誤認の違法は存しない。論旨はいずれも理由がない。

三、控訴趣意第二点(量刑不当の主張)について

本件は、被告人が昭和四三年分および同四四年分の所得税合計一億一、三〇四万一、九〇〇円を免れた事案であるが、その方法は売上の一部を除外して簿外預金として所得を秘匿し、西川一夫らをして過少申告をなさしめたものであって、その罪質、態様、方法や逋脱額が多額にわたるものであることにかんがみると、犯情悪質なものというほかなく、被告人が在日朝鮮人台東商工組合に利用されたこと、被告人の教育、知識の浅薄さや納税の実情、その他所論指摘の酌むべき点を十分斟酌しても、被告人を懲役一年、執行猶予二年および罰金二、五〇〇万円に処した原判決の量刑が重きに過ぎるものとは到底認められない。論旨は理由がない。

四、よって、本件控訴は理由がないから、刑訴法三九六条により、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石崎四郎 裁判官 長久保武 裁判官 中野久利)

○控訴趣意書

昭和四九年(う)第一二六九号

所得税法違反 被告人 林木祥

右被告事件について控訴の趣意を左記により陳述いたします。

昭和四九年八月五日

弁護人 小林勝男

東京高等裁判所

第一刑事部 御中

原判決には次の通りの違法があり判決に影響すること明らかであるから破棄されるべきものと思料します。

第一点 事実誤認並びに理由不備

原判決は、本件の争点である経費認定にあたり検察官主張をそのまゝ承認し公訴事実どおりの犯罪事実を認定したが、これは事実を誤って認定したものである。

一、先ず本件においては、

(一) 昭和四三年度分の事業上の経費は、次のものが当然に加算されるべきである。

1 芸能費(ゴーゴーガール分)

(イ) 松井恵子 計三一〇、〇〇〇円

(ロ) 井上揖子 計八〇、〇〇〇円

(ハ) トッパライ費用 計一、二〇〇万円

2 公租公課(在日朝鮮人台東商工会への支払)

計六回 計一二〇万円

3 交際費

正峰会分 一二〇、〇〇〇円

社長渡し分 七五〇、〇〇〇円

(二) 昭和四四年度分の経費は次のものが加算されるべきものである。

1 芸能費(ゴーゴーガール分)

井上揖子 八〇、〇〇〇円

2 トッパライ費用 一、二〇〇万円

3 公租公課(台東商工会へ支払)

一二〇万円

4 給料(林東基へ支払)

計六〇万円

5 交際費

正峰会分 一二〇、〇〇〇円

社長渡し分 九〇〇、〇〇〇円

二、原判決は、経費認定の方法として、現場本部の売上金中からの現金支出、当座預金、普通預金からの支出がありこのうち、支出先判明分はもとより、支出先支出金額、使途の不明分も当然に経費として認容しており社長渡し分と預金支出のうち端数のない一〇万円一〇〇万円単位のもののみが経費性を否認しているのが検察官の主張であるとし、その主張を全面的に認容している訳である。

そして「各経費と認定された支出のうち証憑書類、取引先の上申書、関係人の供述等の証拠によって各支出金額使途等が判明し各勘定科目に分類振分けしうるものについては、それぞれの勘定科目に振分け計上されているが、右証拠等がなくあるいは不完全であって結局個々の支出金額使途が判明しなかったものについては使途不明現金につき現場本部支払経費として、使途不明当座預金につき当座預金支払経費として一括し損金処理がなされている」旨を判示している。

三、然し本件の経費認定の方法処理として問題すべきことは正に右の本部支払経費当座預金支払経費として、「一括損金処理した」と称される点にある。

このように単に抽象的に表現説示されたとしても原判決掲記に係る検察官証拠を検討してみても個々的に具体的内容は明らかでなく原判示認定事実を得心するだけの理由とはならないのでありまさに理由不備ということに帰する。

また、トッパライ費用一、二〇〇万円を増額すれば現場本部支払経費が同額だけ減算される関係にあるというけれども、それはあくまでも現場本部支払額が証憑上総体的に確定され得た事実であるならば兎も角、証憑不足で解明不能であった本件においては、右の如き原理論を承服することは出来ない。

結局国税査察官は銀行入金前に支出された段階の直接現金払い分の解明をしないまゝ処理しその一応のつじつまを合わせる論法としての前記抽象論を以って説明するに過ぎない。

四、そうであるから

(一) トッパライについて、「社長渡し」分を確定する一部の証憑だけをとらえて西川証言を排斥し従って当座預金経費に算入されているとする原判決は誤りである。

(二) ゴーゴーガール支払分について出金伝票の一部分を以てこれを越える額の支出があれば現場本部支払経費か若くは当座預金支払経費に含まれているというのも誤謬というべきである。

五、次に

(一) 在日朝鮮人商工会への支払分は、被告人が韓国籍を有し事業主であるところから、同会の組織構成の上で半強制的に課せられる性質を有する。被告人の事業遂行上不可避性を有するから右支出は当然に経費性をもつものである。

(二) 正峰会への支出は、政治家後援会への寄付ではなく被告人の事業上風紀防犯のための知識修得、対策等の必要から支出するものであり単に個人支出ではない。

(三) 給料支出は一般従業員分は証拠上明らかであり、林東基は他の者と区別しその時期方法を異にして支払われていたものであって、従業員給料一般に含まれている筈はない。

第二点 量刑不当

原判決は被告人に対し懲役一年、罰金二、五〇〇万円の刑を宣告しているが、本件被告人の犯行の動機、態様上、専ら朝鮮人商工会の意のまゝに利用された事情と、被告人の教育、知識の浅薄さとによること、事件後の改悛納税の実行の情、税制税額の過酷過重負担の現実の事情、前科前歴なきこと等々の諸事情を勘案するとき酷に過ぎるものと思料するので刑の軽減を賜わり度く上申する次第である。

(なお補充申立書により補充する予定であります)。

以上

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